安堂グループの歴史物語[第22話]

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 高森牛の歴史は明治初期に遡ります。その長い歴史のなか、山口県東部随一の牛肉生産を誇る安堂の名が登場するのは、意外にも戦後間もなく、昭和22年のことでした。
これは、現在の安堂グループに至る道のりを辿った歴史物語。そこには、激動の時代を生きた5つの世代、それぞれの苦難と歓喜の秘話がありました。

第22話

「ハサップの夜明け」

 安堂畜産へ入社した安堂卓也は、ハサップ(HACCP)認証のため孤軍奮闘していました。専門コンサルタントの働きにより大船に乗っていたはずでしたが、コンサルタントが作成したマニュアルが現場には即していないことがわかってからというもの、マニュアルの作り直しに迫られていたのです。

立ちふさがる壁

 と畜から商品加工に至る過程の一つひとつを検証し、マニュアルに落とし込む。その作業は、時間はかかってもコツコツ、地道に続ければ仕上げることができます。
 「マニュアル作りは順調に進んでいる」。そう感じていた矢先のことでした。どうしても乗り越えることのできない壁に行き当たったのです。それは、建設から27年経っていた古いと畜場(周東食肉センター、昭和53・1978建設)によるもの。かつて、父・光明を苦しめたのと同じ問題でした。
 ハサップにはマニュアルによる厳格な工程管理と共に、食品自体の菌数制限をクリアーする等の実効性が求められています。ところが、周東食肉センターでの工程の一部には、菌数を増やしてしまう危険がはらんでいました。
 周東食肉センターでは、と畜後にと体を一度、床に置いて外皮を剥いでいました。このとき、外皮に付着する糞等の汚れが枝肉に触れる危険があります。実際、処理後の検査によって基準値を超える大腸菌が検出されることもありました。一方、新式のと畜場では、と体を吊り上げた状態でこの作業を行うため、上から下へと外皮は枝肉に触れることなく剥がされます。設備を新式へ変更すれば解決しますが、構造的な変更を伴うために大規模な工事を必要としました。
 「おたくの加工場に文句はありません。ただ、と畜場が旧式じゃあね…」。
 父・光明を苦しめたその言葉が、今度は卓也の胸元に突きつけられたのです。

意外な救世主

 「菌数を減らすために、枝肉を殺菌すればいいじゃないか」。そんな考えが卓也に浮かびました。食品の殺菌なら、水道水にも使われる塩素があります。ところが、塩素では匂いが付いて、それが取れ難いという欠点があります。大量の水を枝肉に吹きかけて洗い流すなど、とても現実的ではありません。
 「他にもっと良い方法はないものか…」。

 そんなとき、殺菌水・次亜塩素酸水のことを知りました。当時、食品添加物として指定を受けてまだ3年しか経っていない最新の殺菌方法。医療用として使われ、肺炎の原因となるMRSAの対策でも注目されていました。しかも、肉などの有機物に触れると、次亜塩素酸水そのものが分解して消えるため、洗い流す必要もありません。これを、外皮を剥いだ枝肉に吹き付けて殺菌すれば、ハサップの菌数制限をクリアーすることができます。
 ただ、問題はその殺菌水の調達コスト。枝肉全てに吹き付けるには、相当な量を必要としました。一般に次亜塩素酸水は食塩水を電解することによって得られますが、それによって生成するにはコストがかかり過ぎます。そこで、次亜塩素酸ナトリウムと塩酸を混合して製造する方法を検討しました。これによれば生成コストは桁違いに下がることが知られていました。
 卓也はさっそく殺菌水を生成する機械のメーカーを探しましたが、それがなかなか見つかりません。そしてある日、そのことをハサップのコンサルタントに愚痴る卓也の姿がありました。すると…
 「そのような機械が得意なメーカーを、一つ知っていますよ」。
 コンサルタントの一言で事態は急展開。殺菌水を安価に生成する機械を導入すると、枝肉の菌数は劇的に下がり、ハサップの基準をクリアーすることに成功しました。
 マニュアル作りでは不甲斐なかったコンサルタントですが、このときばかりは面目躍如。卓也とコンサルタントは手を取り合って喜びました。

安堂グループの歴史物語第22話 殺菌水(次亜塩素酸水)による枝肉の殺菌
▲殺菌水(次亜塩素酸水)による枝肉の殺菌
シャワーリング装置はアルミ製の特注品

安堂グループの歴史物語第22話 次亜塩素酸水を生成する装置
▲次亜塩素酸水を生成する装置

ハサップの効用

 卓也が光明からハサップの担当を命じられてからおよそ1年、安堂畜産はハサップの認証を取得しました。光明がハサップへの挑戦を宣言してからは2年の歳月が流れていました。
 それからほどなくして、ハサップ認証は効果を発揮し始めました。その際たるものは、コンビニチェーン大手との取引獲得でした。ハサップがあるからと、食の安全について問われることはありません。それよりも、卓也が提案した弁当「牛めし」のアイデアが受けて、コンビニ店頭に「牛めし」が並びました。その後も「肉うどん」などのヒットが続きました。
 さらに、ハサップ認証によって得たものは販路だけではありませんでした。認証を目指した1年間で、卓也は会社の現状を現場レベルで知ることになりました。そして、もっと大きかったことには、社員たちとの人間関係、絆を得たことでした。将来、社長を引き継ぐことになる卓也にとって、この経験は経営の基盤になる貴重なものとなりました。光明にとってもそれは、ハサップ認証と同じくらい欲しかった成果でした。

安堂グループの歴史物語第22話 安堂卓也(現・社長)とHACCP認定証明書)
▲安堂卓也(現・社長)とHACCP認定証明書

 大手コンビニチェーンの取引は取れましたが、光明に「と場が旧式ではね」と語った大手スーパーは結局、安堂畜産から離れてしまいました。そのスーパーとは、イオングループ。光明が憧れ、息子の名前にもその名を拝借した岡田卓也社長が率いる巨大流通グループです。
 そのイオングループとの取引を再開できるまでには、周東食肉センターが新たに建て替わるのを待つしかありませんでした。それにはさらに9年の歳月を要しました。

3月11日

 さて、ハサップ認証取得から1年が過ぎて、安堂畜産は認証を更新するための審査を受けていました。平成23年(2011)3月11日は審査の最終日。審査は午前中で終わり、ほっとした卓也は自宅へ戻って、昼寝をしようと横になり、なんとなくテレビをつけました。そして、あの衝撃的な映像で一気に目が覚めました。
 津波が宮城県の田畑を飲み込んでいきます。東日本大震災です。慌てて会社に戻ると、光明や社員らもテレビに釘付けでした。
 「大変なことになったの。何か影響が出なければいいが…」。
 光明のつぶやきは、翌日、現実のものになりました。福島第一原子力発電所から放射能漏れの恐れがあるというのです。福島県は畜産の盛んな地域です。特に放射能汚染が懸念された地域は県内でも有数の畜産地帯でした。そこに今まさに放射能が降り注いでいるかもしれない。食の安全にとって、とてつもなく忌々しき事態が起きようとしていました。

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