安堂グループの歴史物語[アナザーストーリー 8]

安堂グループの歴史物語 タイトル画像

 高森牛の歴史は明治初期に遡ります。その長い歴史のなか、山口県東部随一の牛肉生産を誇る安堂の名が登場するのは、意外にも戦後間もなく、昭和22年のことでした。
これは、現在の安堂グループに至る道のりを辿った歴史物語。そこには、激動の時代を生きた5つの世代、それぞれの苦難と歓喜の秘話がありました。

アナザーストーリー 8

アンテナレストラン・高森亭

 安堂グループの直営レストラン「周防肉処 高森亭」は、美味しい肉料理を求める人たちで連日、賑わっています。そのお客のなかには、食のプロである飲食店やホテルの経営者もいるようです。
 「なぜ、この店はお客さんが多いのか」。
 「いったいどんなメニューなのか、味なのか」。
 視察は飲食に関わる職種の人なら、日常茶飯事のことでしょう。

あるレストランの料理人

 あるお客の事情は少し違いました。ホテルのレストランを任されている彼は、安堂畜産と長年取引をしてきました。
 ある日、こんな相談を安堂畜産に持ち掛けました。
 「うちで新たに野菜と肉を炒めたメニューを開発することになりました。人気メニューにしたいから、特徴のある肉を提案して欲しい」。
 詳しく聞いてみると、上等なカルビ、例えば三角バラ(肩ロースの一部)を使ってみたいなど、ホテルらしい高級志向は良いのですが、「できるだけ安価に提供して欲しい」とは…、なかなか難しい要求です。
 そこで、安堂光明(現・会長)はこう答えました。
 「野菜と炒めるのなら、普通のバラ肉(あばら骨周辺)で十分、美味しいものができますよ」。
 男は、首を横にふりながら、
 「うちは、特徴のある料理を出したいんです。それじゃあ、他と変わらないし、豚バラを使っても同じじゃないですか?」。
 今度は光明が首を横にふって、
 「じゃあ一度、高森亭で食べてみてください。私の言うことが分かると思います」。

高森亭で実食

 男は早速、高森亭に足を運ぶと、「牛バラ焼きランチ」(920円)をオーダーしました。
 しばらくして運ばれてきたのは、鉄板の上で湯気を出しながらジュウジュウと音を立てているバラ焼き。その音と立ち込める匂いが、なんとも食欲をそそります。
 男は肉とタマネギを豪快に口に運ぶと、満足そうにもぐもぐ…。そのうち、ご飯の上にタレのしたたるバラ焼きを載せると、かき込むように食べ始めました。

安堂グループの歴史物語第8話 牛バラ焼きランチイメージ

 「バラ焼き」とはもともと、青森県三沢市のご当地グルメです。地域の人々に長年愛されてきました。その発端は、戦後間もない頃に遡ります。
 戦後、三沢飛行場に進駐した米軍は、軍人やその家族のために、地域で農耕用に飼われていた牛を食用に調達するようになりました。アメリカ人は牛肉をたくさん食べることは周知のとおり。しかし意外なことに、食べるのは赤身のステーキがメインで、脂の多いバラ肉は食べないのです。だから、残ったバラ肉や内臓肉などは、基地の外に払い下げられていました。これに目を付けたのが、三沢基地近くに店を構える料理人でした。
 バラ肉を薄く切り、玉ねぎと一緒に、醤油ベースの甘辛ダレを絡めて炒めると、玉ねぎが余分な脂を吸い込み、タレの旨味と相まって、美味しい「バラ焼き」が生まれました。食べ物が不足していた当時、「バラ焼き」は地域の人々の空腹を満たし、貴重なタンパク源として人気を博したのです。
 (参考/「まるごと青森」https://www.marugotoaomori.jp/blog/2008/10/4811.html

 後日、男からの注文には、それまで使われて来なかったバラ肉が加わったのでした。
 

 高森亭は、安堂グループのアンテナレストランです。牛肉の新しい加工法を開発したり、新しい料理法を提案する場所。そしてこの顧客のように、新しい取引を生む場所でもあります。
 ほら、お隣で何食わぬ顔で食事をしているその人は、名だたるレストランのシェフなのかもしれません。黙って食べて、黙って店を去る。そして後日、
 「高森亭で出しているあの肉。あれを仕入れたい」と安堂畜産に連絡が入るのです。

 ※参考記事・・・第24話「高森亭の生い立ち」http://www.anchiku.co.jp/history24.html


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